PTAだより「アカシア」:地区代表選出方法の改善

地区代表選出方法の改善

                  PTA会長 哘 清悦 

 

 年度末のPTA役員会の大きな議案は次年度の役員選出だ。7人の地区代表がそれぞれの方法で選出してくれたが、現地区代表が次の地区代表を見つけるということが相当負担になっていることが確認できた。

 天間林地区は旧小学校区を単位とした分館組織がまとまっていたので、小中学校PTAや子ども会の役員は各地区で選出してきた。

 しかし少子化でそれが困難となり、小中学校とも現在の役員選出方法に変えた。

 専門委員会と学年委員会は保護者の意向を基に名簿を見ながら調整して選出できるようになったが、地区代表はそうしていなかった。

 そこで今年度は地区代表の選出もその方式に改めたところ、スムーズに選出することができた。

 多忙な教職員とPTA役員の負担を減らすために、今年度は歓迎会や懇親会も行わなかった。親睦を深めることは大事ではあるが、負担とのバランスも考慮する時代になったと思う。

 私の十年間のPTA活動は改善の連続だった。少子化を筆頭に、それだけ時代の変化が大きいということだと思う。

 中学校統合まで2年。私が天中PTAで活動できるのはあと1年。会員全員が協力し合うPTAをめざし、

最後まで改善に取り組んでいきます。

 子どもは親の背中を見て育ちます。PTAがより高い目標に向かって頑張る姿を見せることが、子ども達の成長につながることを信じて共に頑張っていきましょう。


天間舘中学校 平成26年度 第68回入学式

 新入生の皆さん、入学おめでとうございます。

 保護者の皆様にも心からお祝い申し上げます。

 新入生の皆さんは、今日から天間舘中学校の生徒として三年間過ごすことになります。

 小学校と大きく変わることと言えば、制服で授業を受けること、教科毎に教える先生が替わること、全員が部活動を行うこと、三年後に卒業する時は、進路が皆それぞれ異なることです。

 先月卒業した生徒も、今日はそれぞれの高校の入学式に出席し、新たな高校生活に向けて気持ちを引き締めていることと思います。卒業式で大粒の涙を流していたのがとても印象に残っています。離任式では転任された先生が多かったこともあったとは思いますが、卒業式の時よりも、先生も生徒も泣いたと聞いています。

 嬉しいことも、悔しいことも、悲しいこともいろいろあったと思いますが、卒業する時に三年間を振り返り、どの思い出も楽しく懐かしく感じて感極まったのだろうと思います。

 PTA会長として学校運営に協力できることは極僅かしかありませんが、先生も生徒もこの天間舘中学校で一緒に過ごすことができて良かったと思ってもらえる学校

だということを感じることができ、とてもありがたいと思っています。

 学校は点数で評価される各教科の勉強が主ではありますが、点数で評価されない活動で能力を発揮できるようになることも大事だと思います。

 生徒会、委員会、運動会、中体連、文化祭など、自分たちで目標を設定し、自分や友達の得意・不得意を把握し、その中で自分の役割を見つけ、自分の責任をしっかりと果たし、友達の遅れや失敗はカバーし、全員でやり遂げる力を付ける機会が、学校の行事にはたくさんあります。

 五月には運動会があります。三年生は最上級生として卒業した先輩の良かったところを受け継ぎ、それに自分たちの持ち味をプラスして、下級生をしっかりと指導して、昨年より生徒数が少ないことを感じさせないような運動会にしてくれることを期待しています。

 二年生と一年生の皆さんは、自分たちが三年生になった時には、先輩を超える結果を出せるように、先輩の良いところをどんどん吸収し、日々能力を高めて行って下さい。

 これまでの六十七年間に、七六七五人の卒業生を送り出したこの天間舘中学校も、三年後の平成二十九年三月で閉校することが決まっています。

 先日行われた天間舘中学校の同窓会でも、楽しかった思い出がたくさん詰まっている天間舘中学校への感謝の気持ちを表すための記念事業を何かやりたいという話を皆でしました。

 PTAとしても残りの三年間、生徒・先生・保護者・地域住民に楽しい思い出が残るような活動をしたいと考えています。また、地域住民の多くが同窓会の会員でもあるので、同窓会とも連携して記念事業を成功させたいと思っています。

 何れにしても私が一番願うことは、校舎・体育館・グランドに、生徒と先生の元気な声が響きわたり、毎日笑い声が聞こえてくる天間舘中学校であり続けることです。

 一日一日を大事に過ごし、皆さんが卒業する時に、「よく頑張った」と自分を褒めれるような中学校生活を送るれることと、これから過ごす三年間が、皆さんの人生で最も楽しかったと思えるような中学校生活となることを祈念し、私の祝辞とさせて頂きます。

本日は誠におめでとうございます。

 

 

             平成二十六年四月七日

             天間舘中学校PTA会長  哘 清悦

 

 


平成25年度 天間舘中学校 第67回 卒業式

 三年生の皆さん、卒業おめでとう。

 保護者の皆様にも、心からお祝い申し上げます。
 私にとって今年の卒業生は特別な思いがあります。

 皆さんが天間西小学校と天間舘中学校に入学する時、自分が卒業した学校に今度は保護者として入ることができました。

 今では保護者と同じ位にまで背も伸び、顔つきも大人らしくなりました。その成長ぶりは、小学校に入学した時の幼くあどけなかった顔を思い出せないほどです。

 小中学生は体の成長が早く、服も靴もすぐに小さくなりました。小学校の冬の体育の授業で使うノルディックスキーの道具はセットで買うと数万円もします。 

 一年に何回か使うだけなのに、六年間で二・三回買い替えるのは負担だということでPTAで話し合い、小学校を卒業する際に、使う予定のない人に寄付して頂き、十二月の参観日にスキー交換会を行って、買わなくてもスキーの道具を用意できるようになりました。

 皆さんの名前が書かれたスキー板や靴を、皆さんの後輩が今喜んで使っています。

 部活動でも大きな変化がありました。

 それまでは先生が指導してくれていましたが、スポーツ少年団に移行し、保護者が中心となって練習や大会参加を計画しなくてはならなくなりました。

 仕事を調整しながらの指導や支援だったと思います。

 防犯パトロールも試行錯誤を繰り返し、地域住民の協力を得ながら小中PTAが連携して行いました。

 児童生徒と同様、保護者の人数も大幅に減少し、PTAの役員や委員の選出が困難になってきたために、規約を改正し選出方法も見直しました。

 戸惑いながらも何とか時代の変化に対応してきた九年間でした。いろいろな取組みを通じて、多くの保護者や先生方と親交を深めることができたと思っています。

 各分館でも皆さんが行事に参加しただけで、どの人も笑顔になったと思います。中学校を卒業しても地域とのつながりを忘れずに大事にして下さい。

 中学校までは同じ環境で同じ授業を受けてきた皆さんも、これからは自分の目標に向かって、それぞれが違った選択をしていくと思います。自分の将来の目標をいろいろと設定する際に、将来お父さんお母さんになるという目標だけは必ず入れて下さい。

 高校生・大学生・社会人になっても、成績で人と比較されることから逃げることはできません。

 しかし、それに振り回されず、自分を見失うことがないように強い気持ちを持って下さい。

 将来の目標がまだ定まっていない人もまだまだ考える時間はあります。自分自身とよく向き合い、自分をよく理解し、自分が一生の仕事として頑張れると思えるような機会が早く訪れることを願っています。

 何よりも、人生を振り返った時に、よく頑張ったと自分で思えるように日々努力することが大事だと思います。

 皆さんと一緒に活動することも話をすることも顔を合わせることもできなくなりますが、これからの人生、これから皆さんが出会う人から良い刺激や影響を受けて、更に大きく成長することを願っております。

 最後になりますが、町長を初めとする行政関係者の皆様、生徒を温かく見守って下さった地域住民の皆様、九年間PTA活動に協力して下さった保護者の皆様、そして、自分の子どものように育てて下さった校長先生を初めとする教職員の皆様には心から御礼申し上げます。
 卒業される皆さんの新しい生活への旅立ちをお祝いすると共に、今後のご活躍とご健勝を祈り、私のお祝いの言葉と致します。

 

 

             平成二十六年三月十日

             天間舘中学校PTA会長  哘 清悦


PTAだより「アカシア」:子育ての時期も「光陰矢のごとし」

子育ての時期も「光陰矢のごとし」

                   PTA会長  哘 清悦


 子どもから教科書を借りて、昔習ったことを思い出しながら子どもに勉強を教える。

 自分のスポーツ経験を活かし、子どもが大会で良い結果を出せるように指導する。

 規則正しい生活習慣を身に付けさせる。

 テストや受験の前はテレビを付けず、子どもが勉強に集中できる環境を家族で作る。

 これが私が父親としてできると思っていたことだったが、実際は、教科書を借りて開いて見ることもなく、部活動の練習はおろか、最後の中体連の応援にも行けず、生活は子どもよりも自分の方が不規則で、テストの日がいつかも覚えておらず、「宿題はやったか」と声をかけるのがやっとだった。

 子どもにしてあげたいと思っていたことがほとんどできなかったことを痛感している。二度とない子育ての時期は、思い描いていた父親像とかけ離れた父親で終わってしまった。

 子どもと共に過ごす時間の貴重さを今しみじみと感じているが、それでも今年度は楽しい思い出を結構残すことができた。

 1年生の学年行事のソフトバレーでは、私の安定したサーブのせいで点差が開き過ぎ、場をしらけさせてしまった。
 次の試合では1年男子が劇的な逆転勝利を収めたので非常に盛り上がった。

 3年生の学年行事は、五所川原市に行き、津軽金山焼を体験した。私はこれから毎日使う茶碗を作るつもりで真剣に取り組んだが、文化祭で展示されていた自分の歪んだ茶碗を見て、すっかりその気をなくした。

 今思えば仕事よりもPTA行事を優先させて参加して本当に良かったと思っている。

 保護者の皆さんには、PTA活動を利用し子どもと過ごした楽しい思い出を、一つでも多く残して欲しいと思っています。 


青森県の農林水産業と明るい兆し

 平均寿命と賃金は全国最下位、飲酒・喫煙率・癌による死亡率は全国トップとマイナスイメージが多い青森県だが、農業は元気だ。

 食料自給率は全国第4位の119%。農業就業人口の平均年齢は北海道の次に若い。平成12年から10年間の全国の農業産出額は平均11%減少。その中でプラス成長できたのは4県のみで、青森県はトップで約4%。

 日本の農産物輸出額で青森県が占める割合は、20億円の野菜では長芋が7割弱、81億円の果実ではりんごが8割。水産業も元気で、1210億円の水産物ではホタテ、さば、いかで23%、526億円の水産調整品では乾燥なまこが22%。

 青森県は津軽平野や三本木原台地の広大な農地と、三方を囲む海と中央に抱かれた陸奥湾の豊かな漁場に恵まれている。生産量だけではなく、米、野菜、果実、畜産、水産物が満遍なく生産され、バランスが優れているのも青森県の農林水産業の特徴だ。

 世界自然遺産に登録された白神山地をはじめ、森林面積全国第9位の豊かな森林資源に育まれたきれいな水が、安全・安心で品質の高い農林水産物の生産を支えている。移出額も全国トップクラスで、それらの外貨獲得が青森県の経済を支える機能を発揮している。

 心が貧しい政治家によって原子力政策が進められ、青森県にも迷惑で危険な施設が押し付けられたが、本来あるべき姿に戻したい。

 米国傀儡政権の安倍内閣が、政府の悪事・不正がネットで暴露され拡散するのを阻止するための特定秘密保護法成立を急いでいる。TPP、原発、消費税、憲法、沖縄など、米国の指示で動いている日本政府だが、間もなく起こる米国の財政破綻までは救済できない。

 日本が買わされた130兆円の米国債が紙屑になるのは痛いが、日本も世界も平和に向かうと思うと明るい気持ちになれる。

 私自身が青森県の魅力を再認識し、それを皆様に紹介する機会を提供して下さったことに感謝致します。

 今回で最後となりました。

 関西よつ葉連絡会と会員皆様の今後の益々の発展とご多幸を祈念致します。


全員が全部楽しめた天中祭

全員が全部楽しめた天中祭

                 天中PTA会長  哘 清悦


 今年は合唱コンクールを最初に行い、次に学級展示の鑑賞と飲食、最後に総合学習と芸能の発表という日程で進められた。

 自分の役割をこなすだけでも忙しい生徒・先生・保護者も、全員が同じ会場でじっくりと観ることができてとても良かった。

 生徒による歌ったり踊ったりの芸能発表では、天中AKBの完成度が高くて見応えがあった。生徒の表現力をより引き出すために、音響と照明の機器を充実させたいと思った。


縄文遺跡群と栗の木

 トマトのほかに米も加わり、収穫が忙しい稔の秋を迎えた。以前は家族総出で行っていた稲刈りも、機械の機能と性能が向上し、今では68歳の父が一人で全部できる作業になった。

 子供の頃は、稲刈りの手伝いの合間に栗を拾うのが楽しみだったので、栗の木には特に親しみを感じる。

 そんな栗の木に対する私の印象を一変させたのが、日本を代表する縄文遺跡となった三内丸山遺跡の六本柱である。復元に使用されたロシアの栗の木は、直径1m以上、樹高20m以上の巨木で、1本千百万円という単価にはとても驚いた。

 六本柱の建設に使われる全ての木材を燻煙処理した株式会社スガオカを視察に訪れたロシアの森林保安官が、陸揚げの様子を撮影したビデオを途中で止め、木の皮を見て、「これはミズナラだ。ロシアでは1本7万円で買える。」と言ったことを、同社の菅岡健司社長が教えてくれた。

 県は、「ヨーロッパグリとの鑑定結果を得ている」とは回答するものの、それを示す鑑定結果は、請求しても提示しなかった。

 栗は普通、5〜6mの高さになると枝分かれしてしまい、10mを超す真っ直ぐな木材を見つけるのは極めて難しい。

 使用済み核燃料中間貯蔵施設が建設されるむつ市に樹齢800年の「おぐり」という栗の木がある。幹周は約8m、樹高は27mだが、真っ直ぐではない。 

 平成8年の県の現地調査で、ソチ市内の標高千mに、500m四方の栗の純林があることが確認された。その時の写真も開示請求したが県は持っていなかった。

 来年2月7日から、六本柱の栗の木が伐採されたそのソチ市で、第22回冬期オリンピックが開催される。もし観戦に行く予定がある方には、同市の栗の純林の写真撮影をお願いしたい。  

 七戸町にも、貝塚では青森県最大、東北地方でも有数の規模を誇る二ッ森貝塚という縄文遺跡があり、同貝塚は、廣澤安任が明治20年に学会で初めて紹介した。

 世界文化遺産登録を目指す青森県の縄文遺跡群を探訪し、六本柱の栗の木の真相を究明してみませんか。

建設直後の六本柱 大クリ

  三内丸山の復元六本柱      樹齢800年のおぐり


三沢市と廣澤安任

 1998年8月31日、北朝鮮が発射した弾道ミサイルが三沢基地から6kmの海上に着弾した。ミサイル推進部分から切り離された弾頭三沢基地近くに落ちていた。テポドンで三沢基地を正確に撃てるという北朝鮮のアピールだと言われている。

 三沢基地の北30kmの位置に六ヶ所再処理工場があるが、攻撃対象となる施設が並んでいるようなものだ。 

 三沢空港は、航空自衛隊とアメリカ空軍と民間が同時使用している飛行場で、三沢〜大阪線は、一日一便運航している。その滑走路をF16戦闘機も利用しているが、模擬弾や燃料タンクを滑走路や畑や沖合に落下させる事故が頻繁に起こった。住民は爆音に晒され不安の中で暮らしている。

 その米軍三沢基地により三沢市は財政と経済の面で恩恵を受けており、事故、事件、騒音に対しては申し入れはするが、基地を拒否する姿勢は見えず、その点は六ヶ所村と似ている。 

 三沢基地にはエシュロンと呼ばれる通信傍受システムがあり、米国の国家安全保障局が人単位運営し、ロシアに亡命したエドワード・スノーデン氏もかかわっていたと言われている。 

 NHK大河ドラマ「八重の桜」の会津藩は、戊辰戦争後、再興を許された会津松平家が、旧藩士とその家族1万7千人余りと、七戸藩の南と、火山灰土の風雪厳しい不毛の下北半島に移住し、斗南(となみ)藩と命名した。

 七戸(しちのへ)藩の新渡戸傳(にとべつとう)は、自藩も厳しい状態ながら、斗南藩に多大な援助を行った。

 新藩設立から2年後の廃藩置県によって、斗南藩は斗南県となったが、廣澤安任(ひろさわやすとう)は、財政が厳しい斗南県と七戸県と八戸県の将来を考え、黒石県も説き回り、弘前県に編入する形で後の青森県を成立させた。

 廣澤安任は、明治新政府が放っておかない才人だったが入閣の誘いを固辞し、牛馬の繁殖、肉と乳の製品化、土木工事、農具の改良、牧草栽培など、牧場経営に関するあらゆる研究を行い日本初の洋式牧場を成功させ、農業の基盤を築いた。

 三沢市を訪れる機会がある方には、斗南藩記念観光村と三沢市先人記念館の見学をお勧めします。

斗南藩領地 廣澤安任
     斗南藩領地            廣澤安任


廃品回収を終えて

廃品回収を終えて

                 天中PTA会長  哘 清悦


 天中PTAと3年生による廃品回収は、今年は雨に降られたものの、全員一丸となって達成することができた。親と並ぶほどに背が伸びた3年生は、保護者並の戦力だった。 

 地域住民にも定着してきたようで、溜めて置いてくれる家や事業所がある。高く積まれている段ボールや古新聞を運び出すと広いスペースが現れ、お互いにさっぱりとした気分になる。皆さん、本当にご苦労様でした。


二人の長芋篤農家と極上長芋

 参議院議員選挙は全く嬉しくない結果で終わった。原発再稼働、消費税増税、TPP、憲法改悪が進められると思うと気がめいる。

 青森県は全国最低46.25%の投票率を記録した。

 非自民が結束して何とか自民党に対抗できる青森県の政治勢力下で、野党が分裂し5人が立候補した時点で結果が決まり、選挙もやはり盛り上がらなかった。

 話を明るい話題に変える。

 私が懇意にしている二人の長芋篤農家を紹介する。

 南部町の相内洋夫氏は、長芋を無農薬無化学肥料で栽培しているのに、収量・品質とも県内トップクラスである。栽培面積10haには唖然とする程驚いた。

 大規模長芋農家は、センター掘りと呼ばれる機械で収穫するのが主流である。

 その原型を考えたのが相内氏で、農機具メーカーがそれを真似て生産販売しているが、相内氏の自作の機械の方がの1.5倍の速さで長芋を掘り上げている。

 市販のトラクターでは牽引力が足りずブルドーザーを使っているのには驚いたが、そのブルドーザーもそのままでは使えず、ギヤ比を変えたり、接地面積を増やすためにキャタピラーを長くしたりするなど、改良していることにも驚いた。

  長芋栽培歴10年で同じ七戸町に住む土岐とも子氏は、様々な分野のトップクラスで活躍している人とのネットワークが広く、最先端の情報に基づいて農業に取り組んでいる方である。

 化学物質過敏症の問題は彼女から教わった。無農薬無化学肥料の長芋を少し食べただけでも全身がひどく痒くなる人が、彼女の長芋を食べた時は、口の周りが少し痒くなっただけで食べることができたらしい。

 また彼女の長芋は、安全性だけではなく、味もトップクラスである。一流のシェフが「長芋の味の概念が変わった」、相内氏が「私が一番おいしい長芋を作った時と同じ味だ」と評価した程の味である。

 写真を見比べて頂きたい。

 土岐氏の長芋はスライスしても崩れずとろけない。

 彼女の長芋を一度食べると他の長芋は食べれない。

 この二人を目標にすると達成困難だが楽しくなる。
131206長芋素麺比較
   ↑ 普通長芋           ↑ 極上長芋


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