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三浦雄一郎氏、エベレスト登頂に成功

 青森市生まれのプロスキーヤーで登山家の三浦雄一郎氏が、エベレストの登頂に世界最高齢の80歳で成功した。父の敬三氏は山岳スキーヤー、長男の雄大氏は競技スキーヤー、二男の豪太氏はリレハンメルオリンピック・長野オリンピック出場したフリースタイルスキー・モーグル選手。

 80歳にしてこのチャレンジ精神の旺盛さには驚かされるが、この精神力は子どもの頃の苦労が育てたのではないかと思っている。

 5月18日、大正9年生まれの私の祖母が、老衰により93歳で亡くなった。

 息子3人と娘5人、孫は私を含めて18人。祖父は、私が生まれる5年前、祖母が43歳の時に亡くなった。

 中学生だった長女は農作業に駆り出され、たまに学校に行ける時も、赤ん坊の妹をおんぶして行き、おむつの交換もしたらしい。その当時は、他にもそういう子が何人もいたそうだ。

 その頃は学校に田植え休みがあり、子どもも田植えを手伝わなければ間に合わない位忙しかったそうだ。

 私の父は、働かないと生活できなかったので、進学を諦めて農業を継いだ。

 私の両親は休みもなく、朝早くから暗くなるまで働いた。私と妹二人も、学校が休みの日は、午前は部活動で、午後は長芋畑の草取りなど農作業を手伝った。

 炊事・掃除・洗濯・買物は祖母の役目となり、孫の私達にも何か必ず仕事を言い付けてやらせた。

 「茶碗の縁にご飯を一粒も残すな」、「働いていれば貧乏は追い付かない」といつも聞かされていた。

 その頃は裕福な家庭に憧れたが、今は貧乏な家に生まれ、子どもの頃から働くことを体で覚えることができたことに感謝している。

 私がトマトの作業が忙しく、ハウスの外の草取りをできずにいると、「いつ誰が来てもいいように」と言って草を取ってくれた。

 忙しくて大変な時は、祖母の娘が手伝いに来てくれる。今年もトマトの定植を手伝ってもらった。

 祖母は子どもという大きな財産を残したと思う。

 今後も、祖母に応援されていることを感じながらトマトを栽培していきたい。
130610トマトハウス

定植後のトマトハウス(4間×30間)


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