青森県の農林水産業と明るい兆し

 平均寿命と賃金は全国最下位、飲酒・喫煙率・癌による死亡率は全国トップとマイナスイメージが多い青森県だが、農業は元気だ。

 食料自給率は全国第4位の119%。農業就業人口の平均年齢は北海道の次に若い。平成12年から10年間の全国の農業産出額は平均11%減少。その中でプラス成長できたのは4県のみで、青森県はトップで約4%。

 日本の農産物輸出額で青森県が占める割合は、20億円の野菜では長芋が7割弱、81億円の果実ではりんごが8割。水産業も元気で、1210億円の水産物ではホタテ、さば、いかで23%、526億円の水産調整品では乾燥なまこが22%。

 青森県は津軽平野や三本木原台地の広大な農地と、三方を囲む海と中央に抱かれた陸奥湾の豊かな漁場に恵まれている。生産量だけではなく、米、野菜、果実、畜産、水産物が満遍なく生産され、バランスが優れているのも青森県の農林水産業の特徴だ。

 世界自然遺産に登録された白神山地をはじめ、森林面積全国第9位の豊かな森林資源に育まれたきれいな水が、安全・安心で品質の高い農林水産物の生産を支えている。移出額も全国トップクラスで、それらの外貨獲得が青森県の経済を支える機能を発揮している。

 心が貧しい政治家によって原子力政策が進められ、青森県にも迷惑で危険な施設が押し付けられたが、本来あるべき姿に戻したい。

 米国傀儡政権の安倍内閣が、政府の悪事・不正がネットで暴露され拡散するのを阻止するための特定秘密保護法成立を急いでいる。TPP、原発、消費税、憲法、沖縄など、米国の指示で動いている日本政府だが、間もなく起こる米国の財政破綻までは救済できない。

 日本が買わされた130兆円の米国債が紙屑になるのは痛いが、日本も世界も平和に向かうと思うと明るい気持ちになれる。

 私自身が青森県の魅力を再認識し、それを皆様に紹介する機会を提供して下さったことに感謝致します。

 今回で最後となりました。

 関西よつ葉連絡会と会員皆様の今後の益々の発展とご多幸を祈念致します。


縄文遺跡群と栗の木

 トマトのほかに米も加わり、収穫が忙しい稔の秋を迎えた。以前は家族総出で行っていた稲刈りも、機械の機能と性能が向上し、今では68歳の父が一人で全部できる作業になった。

 子供の頃は、稲刈りの手伝いの合間に栗を拾うのが楽しみだったので、栗の木には特に親しみを感じる。

 そんな栗の木に対する私の印象を一変させたのが、日本を代表する縄文遺跡となった三内丸山遺跡の六本柱である。復元に使用されたロシアの栗の木は、直径1m以上、樹高20m以上の巨木で、1本千百万円という単価にはとても驚いた。

 六本柱の建設に使われる全ての木材を燻煙処理した株式会社スガオカを視察に訪れたロシアの森林保安官が、陸揚げの様子を撮影したビデオを途中で止め、木の皮を見て、「これはミズナラだ。ロシアでは1本7万円で買える。」と言ったことを、同社の菅岡健司社長が教えてくれた。

 県は、「ヨーロッパグリとの鑑定結果を得ている」とは回答するものの、それを示す鑑定結果は、請求しても提示しなかった。

 栗は普通、5〜6mの高さになると枝分かれしてしまい、10mを超す真っ直ぐな木材を見つけるのは極めて難しい。

 使用済み核燃料中間貯蔵施設が建設されるむつ市に樹齢800年の「おぐり」という栗の木がある。幹周は約8m、樹高は27mだが、真っ直ぐではない。 

 平成8年の県の現地調査で、ソチ市内の標高千mに、500m四方の栗の純林があることが確認された。その時の写真も開示請求したが県は持っていなかった。

 来年2月7日から、六本柱の栗の木が伐採されたそのソチ市で、第22回冬期オリンピックが開催される。もし観戦に行く予定がある方には、同市の栗の純林の写真撮影をお願いしたい。  

 七戸町にも、貝塚では青森県最大、東北地方でも有数の規模を誇る二ッ森貝塚という縄文遺跡があり、同貝塚は、廣澤安任が明治20年に学会で初めて紹介した。

 世界文化遺産登録を目指す青森県の縄文遺跡群を探訪し、六本柱の栗の木の真相を究明してみませんか。

建設直後の六本柱 大クリ

  三内丸山の復元六本柱      樹齢800年のおぐり


三沢市と廣澤安任

 1998年8月31日、北朝鮮が発射した弾道ミサイルが三沢基地から6kmの海上に着弾した。ミサイル推進部分から切り離された弾頭三沢基地近くに落ちていた。テポドンで三沢基地を正確に撃てるという北朝鮮のアピールだと言われている。

 三沢基地の北30kmの位置に六ヶ所再処理工場があるが、攻撃対象となる施設が並んでいるようなものだ。 

 三沢空港は、航空自衛隊とアメリカ空軍と民間が同時使用している飛行場で、三沢〜大阪線は、一日一便運航している。その滑走路をF16戦闘機も利用しているが、模擬弾や燃料タンクを滑走路や畑や沖合に落下させる事故が頻繁に起こった。住民は爆音に晒され不安の中で暮らしている。

 その米軍三沢基地により三沢市は財政と経済の面で恩恵を受けており、事故、事件、騒音に対しては申し入れはするが、基地を拒否する姿勢は見えず、その点は六ヶ所村と似ている。 

 三沢基地にはエシュロンと呼ばれる通信傍受システムがあり、米国の国家安全保障局が人単位運営し、ロシアに亡命したエドワード・スノーデン氏もかかわっていたと言われている。 

 NHK大河ドラマ「八重の桜」の会津藩は、戊辰戦争後、再興を許された会津松平家が、旧藩士とその家族1万7千人余りと、七戸藩の南と、火山灰土の風雪厳しい不毛の下北半島に移住し、斗南(となみ)藩と命名した。

 七戸(しちのへ)藩の新渡戸傳(にとべつとう)は、自藩も厳しい状態ながら、斗南藩に多大な援助を行った。

 新藩設立から2年後の廃藩置県によって、斗南藩は斗南県となったが、廣澤安任(ひろさわやすとう)は、財政が厳しい斗南県と七戸県と八戸県の将来を考え、黒石県も説き回り、弘前県に編入する形で後の青森県を成立させた。

 廣澤安任は、明治新政府が放っておかない才人だったが入閣の誘いを固辞し、牛馬の繁殖、肉と乳の製品化、土木工事、農具の改良、牧草栽培など、牧場経営に関するあらゆる研究を行い日本初の洋式牧場を成功させ、農業の基盤を築いた。

 三沢市を訪れる機会がある方には、斗南藩記念観光村と三沢市先人記念館の見学をお勧めします。

斗南藩領地 廣澤安任
     斗南藩領地            廣澤安任


二人の長芋篤農家と極上長芋

 参議院議員選挙は全く嬉しくない結果で終わった。原発再稼働、消費税増税、TPP、憲法改悪が進められると思うと気がめいる。

 青森県は全国最低46.25%の投票率を記録した。

 非自民が結束して何とか自民党に対抗できる青森県の政治勢力下で、野党が分裂し5人が立候補した時点で結果が決まり、選挙もやはり盛り上がらなかった。

 話を明るい話題に変える。

 私が懇意にしている二人の長芋篤農家を紹介する。

 南部町の相内洋夫氏は、長芋を無農薬無化学肥料で栽培しているのに、収量・品質とも県内トップクラスである。栽培面積10haには唖然とする程驚いた。

 大規模長芋農家は、センター掘りと呼ばれる機械で収穫するのが主流である。

 その原型を考えたのが相内氏で、農機具メーカーがそれを真似て生産販売しているが、相内氏の自作の機械の方がの1.5倍の速さで長芋を掘り上げている。

 市販のトラクターでは牽引力が足りずブルドーザーを使っているのには驚いたが、そのブルドーザーもそのままでは使えず、ギヤ比を変えたり、接地面積を増やすためにキャタピラーを長くしたりするなど、改良していることにも驚いた。

  長芋栽培歴10年で同じ七戸町に住む土岐とも子氏は、様々な分野のトップクラスで活躍している人とのネットワークが広く、最先端の情報に基づいて農業に取り組んでいる方である。

 化学物質過敏症の問題は彼女から教わった。無農薬無化学肥料の長芋を少し食べただけでも全身がひどく痒くなる人が、彼女の長芋を食べた時は、口の周りが少し痒くなっただけで食べることができたらしい。

 また彼女の長芋は、安全性だけではなく、味もトップクラスである。一流のシェフが「長芋の味の概念が変わった」、相内氏が「私が一番おいしい長芋を作った時と同じ味だ」と評価した程の味である。

 写真を見比べて頂きたい。

 土岐氏の長芋はスライスしても崩れずとろけない。

 彼女の長芋を一度食べると他の長芋は食べれない。

 この二人を目標にすると達成困難だが楽しくなる。
131206長芋素麺比較
   ↑ 普通長芋           ↑ 極上長芋


ねぶた発祥の地「都母村(旧天間林村)」

 私が住む哘から北5kmある上原子(かみはらこ)という集落に、1200年以上も続く上原子剣舞がある。戦の勝利を祝う舞らしい。 

 太鼓、鉦、笛、刀、きね、棒それぞれの舞は、親から子へ代々受け継がれてきたものである。先祖と想いを共有できるので、踊っていると血が湧き上がるらしい。

 その上原子から南東約4kmに、坂上田村麻呂(さかのうえたむらまろ)の後に征夷大将軍になった文室綿麻呂(ふんやのわたまろ)と、最後に戦ったといわれている坪(当時は都母(つも)村)という集落がある。

 田村麻呂が807年に創建し、青森県最古といわれる千曳(ちびき)神社が、上原子から東2kmの場所にある。

 田村麻呂が弓の筈で日本中央と彫ったとされる壺の碑(つぼのいしぶみ)は、明治天皇奥州巡幸の折の探索・発掘でも見つからなかったが、昭和24年に千曳の川村種吉氏によって発見された。

 大和朝廷に降伏せず支配下に入っていなかった北東北の三カ村は、都母村(旧天間林村)と薩体(にさてい)村(岩手県北部)と幣伊(へいい)村(二戸市・一戸町)である。

 811年に、文室綿麻呂軍の先陣を務め、朝廷から米百石を与えられていた邑良志閉(おらしべ)村(北秋田)の都留伎(つるぎ)が薩体村の伊加古(いかこ)が宿営する都母村を襲撃する際に、村に踊りながら入って行き、踊り比べといわれる疑似決闘を行い、何日も饗宴を続けたのがねぶたの由来だともいわれている。

 都留伎伊加古を説得し、投降という形で綿麻呂のもとへ連れて行った。そこで平和サミットが行われたが、綿麻呂は意外にも、「敵も味方も追うことはしないから、行きたいものは行って良い」と言い、人々に、税が無く豊かな恵に満ちた土地に住む自由を与えた。

 津軽に移住した人々は感謝の念が深く、永く親朝廷派となり、現代までねぶたを語り継ぐことになった。

 新幹線七戸十和田駅から哘まで車で10分。ねぶた発祥の地をゆったりと散策し、千曳神社や壺の碑を観てからねぶた祭りを観ることをお勧めします。


三浦雄一郎氏、エベレスト登頂に成功

 青森市生まれのプロスキーヤーで登山家の三浦雄一郎氏が、エベレストの登頂に世界最高齢の80歳で成功した。父の敬三氏は山岳スキーヤー、長男の雄大氏は競技スキーヤー、二男の豪太氏はリレハンメルオリンピック・長野オリンピック出場したフリースタイルスキー・モーグル選手。

 80歳にしてこのチャレンジ精神の旺盛さには驚かされるが、この精神力は子どもの頃の苦労が育てたのではないかと思っている。

 5月18日、大正9年生まれの私の祖母が、老衰により93歳で亡くなった。

 息子3人と娘5人、孫は私を含めて18人。祖父は、私が生まれる5年前、祖母が43歳の時に亡くなった。

 中学生だった長女は農作業に駆り出され、たまに学校に行ける時も、赤ん坊の妹をおんぶして行き、おむつの交換もしたらしい。その当時は、他にもそういう子が何人もいたそうだ。

 その頃は学校に田植え休みがあり、子どもも田植えを手伝わなければ間に合わない位忙しかったそうだ。

 私の父は、働かないと生活できなかったので、進学を諦めて農業を継いだ。

 私の両親は休みもなく、朝早くから暗くなるまで働いた。私と妹二人も、学校が休みの日は、午前は部活動で、午後は長芋畑の草取りなど農作業を手伝った。

 炊事・掃除・洗濯・買物は祖母の役目となり、孫の私達にも何か必ず仕事を言い付けてやらせた。

 「茶碗の縁にご飯を一粒も残すな」、「働いていれば貧乏は追い付かない」といつも聞かされていた。

 その頃は裕福な家庭に憧れたが、今は貧乏な家に生まれ、子どもの頃から働くことを体で覚えることができたことに感謝している。

 私がトマトの作業が忙しく、ハウスの外の草取りをできずにいると、「いつ誰が来てもいいように」と言って草を取ってくれた。

 忙しくて大変な時は、祖母の娘が手伝いに来てくれる。今年もトマトの定植を手伝ってもらった。

 祖母は子どもという大きな財産を残したと思う。

 今後も、祖母に応援されていることを感じながらトマトを栽培していきたい。
130610トマトハウス

定植後のトマトハウス(4間×30間)


鹿内博青森市長が再選を果たす

 県内の注目を集めた4月14日投開票の青森市長選挙は、2期目を目指す鹿内博市長に、自民党と公明党が推薦する前副知事の蝦名武氏が挑む形で行われた。

 鹿内氏は、ねぶたや反原発運動など市民と共に活動し、毎朝街頭演説を行いながら市議及び県議の活動を続けてきた人で、5期20年続いた佐々木市政に不満を抱く多くの市民の声に押されて立候補を決意し、草の根選挙によって前回の市長選で初当選を果たした。

 一方の蝦名氏は、県の商工労働部長や副知事の時に、国の原子力政策の推進に大きく貢献した人物だ。

 市民が主役の市民のための政治を行う鹿内氏と、国や電力会社の側に立って政治を行う蝦名氏。人柄や政治姿勢が実に対照的で、個別の政策を比較するまでもない選挙だった。

 告示日の朝、事務所前での鹿内氏の第一声を聴いた後、鹿内氏の息子さんとポスター貼りを行った。相手陣営よりも先に貼れたのは数枚しかなく、組織力の違いを実感した。

 気になっていたのは、マスコミの世論調査と、昨年の衆議院選挙から話題になっている不正選挙である。  

 原発・TPP・消費税等、国民が嫌う政策を進める安倍内閣の支持率が70%を超えることに、違和感を感じている人は多いと思う。

 「安倍内閣を支持しますか?」という自動音声の電話に、「いいえ」と答えたらすぐに切られたという人がいた。マスコミの世論調査の不正を取り締まる制度がないことも問題である。

 安倍内閣高支持率のマスコミ情報が、蝦名氏を「勝てる」と思わせ、立候補を決意させたのだと思う。

 投票日の午後8時1分、出口調査の結果から鹿内氏の当確が報じられた。

 私は今回初めて開票作業を見学した。候補者毎の票の枚数を数える機械は使っていたが、気になる自書式投票用紙読取分類機と、候補者毎の票の束をバーコードで読み取り集計する機械は使っていなかった。結果は、鹿内氏が約7万票、蝦名氏が約5万票だった。

 桜の開花の遅さが過去3番目の寒い青森県だが、私の気持ちはとても温かい。
130507青森市長選挙開票作業

青森市長選挙の開票作業(青森市民体育館)


空家が増える青森県は移住就農の有力な候補地

 2月3日地元紙が青森県の推計人口に関する記事を掲載した。2005年の143万人から2035年には27%減り105万人になるとの内容。農林水産業が主な町村では、推定の減少率が50%を越えているところもある。


 活断層が確認された六ヶ所再処理工場と東通原発は政策転換の可能性もあり、
それが推計にどのように考慮されたかはわからないが、六ヶ所村は28%、東通村は14%の減少となっている。


 人口減少は地域経済や自治体の財政に大きな影響を及ぼす。人口減少で地方交付税も減り、消費も減り、商業が落ち込む。施設や道路の維持に掛かる住民一人当りの負担も増える。

 少子化対策として、近い将来親になる若者の流出を抑えることと、UIターン者の流入を増やす施策をより強化する必要がある。


 私は辛うじて24歳の時にUターンできたので、家族四世代で助け合いながら暮らすことができている。あの時私が判断を誤れば、哘家も祖母と両親の高齢者世帯となり、いずれ空家になる運命を迎えていた。限界集落は、子どもが就職を機に集落から出て行った時から始まる。人と人のつながりの中で、家族のつながりが一番大事だと思う。


 今は、哘家及び集落を守り継承すべき人物は、自分の息子以外にないという思いを強くしている。私の息子も自らの意志で、自分が全てを継承しなければと思うようにしたければ、私自身が両親と同じ生き方をしなければならない。

 私は非農家の就農希望者を研修生として受け入れ、独立就農を支援してきた。 

 資金・農地・機械・技術が全く無い状態からでも、健康な体と強い意志さえあれば、生活できるだけの農業経営は実現できる。

 後継者がいない農家の経営を継承することで就農する方法もあり、その機会は今後増えると思う。

 七戸町の人口を移住就農者で増やすために、空家と農地の斡旋・生活支援・就農支援体制の整備を進めさせたい。避難生活を余儀なくされている福島県民は16万人もいる。彼らの将来の選択肢に七戸町が加わることができれば幸いである。

130306七戸町空家.jpg


土地
192坪、家築40年、建坪50坪、小屋付、総額300万円


選挙結果は開票者を決める人が決める

 日本の未来も青森県の未来も選挙で決まる。

 選挙で選ばれた多数の自民党議員によって原子力政策が進められ、全国各地に原発が造られた。そして、福島県民がその犠牲となり、多くの国民に原発の危険性を認識させることとなった。

 12月16日の衆議院議員選挙の争点は、消費税・TPP・原発だったが、自民党が過去最低の得票数で多数の議席を獲得した。
 安倍総理はその福島県を訪れて原発再稼働を表明した。
 低い得票率でも多くの議席を獲得できる小選挙区制も問題だが、不正の疑いのある開票結果が多数報告されており、これも重大な問題なので、解明する必要がある。

 私が住む旧天間林村で、83年に大激戦の村長選があった。
 役場庁舎二階会議室での開票作業終盤、突然停電になり真っ暗になった。
 復旧し開票作業を続けたところ、それまで負けていた候補者が僅差で逆転した。

 その選挙から16年後の村長選は、5期目を狙うその現職に、若手の新人が挑戦する激戦となった。新人側の陣営は、投票箱を運ぶ全ての車を追尾し、庁舎二階の開票作業場を外から投光器で照らした。
 徹底した不正対策が功を奏し、わずか15票差で激戦を制した。

 津軽選挙とは、中立であるはずの選管が、特定の候補に加担し、公選法違反事件を起こすような激しい選挙戦を指す造語だが、何も津軽に限った話ではない。 

 不正選挙に関する情報が、「独立党」のHPに全国から多数寄せられている。マスコミが伝えない裏社会の重要な情報も得られるのでぜひ一度は見て頂きたい。

 野田前総理の千葉4区比例区の得票率が、図1のように、統計学的には有り得ない動きを示している。

 神奈川県では、18選挙区のうち、7選挙区で自公候補の得票率が右肩上がりになっている。
 
投票用紙読取分のプログラムの不正を指摘する声も多い。

 スターリンは「選挙結果は開票者が決める」と言った。
 私は「開票者を決める人が決める」と言いたい。

 「選挙結果は有権者が決める」という本来の選挙を取り戻すことが、日本再生への第一歩だと思う。

千葉4区比例区開票時間帯別得票率


青森の脱原発トマト農家から―良い年になりますように

 新年あけましておめでとうございます。今年1年が皆様にとっても良い年になることを願っています。
 私は農家の長男ですが、自動車の設計の仕事がしたくて、 国立八戸高専機械工学科を卒業後、トヨタ自動車株式会社に就職し約4年間勤務しました。
 トヨタのものづくりの発想を農業に応用すればどうなるかと考えているうちに実践したくなり、帰郷就農することにしました。
 1993年、家から車で10分の距離にある青森県立営農大学校に入学し、家の農作業を手伝いながら、いろいろな野菜の栽培方法を2年間学びました。
中でも、長期間収穫できるトマトに強く興味を持ちました。
 我が家ではその頃、米と長芋とニンニクを栽培していましたが、中国産のニンニクの輸入量が増えて価格が低迷したのを機に、トマトに切り替えました。
 1994年に有限会社を設立し、補助事業を活用しながら、ハウスの棟数を増やしてきました。
 その一方で、六ヶ所再処理工場の建設は進み、海外から返還された高レベル放射性廃棄物や全国の原発の使用済み核燃料の受入も進んでいました。 そして、2003年にその貯蔵プールで水漏れが発生しました。
 日本原燃の県民説明会に参加しましたが、「機械は壊れるし人間はミスをする。放射性物質は微量ではあるが外に放出します」との説明にとても驚きました。
 それを機に、勉強会や抗議活動を続けていたら鎌仲監督と出会いました。映画「六ヶ所村ラプソディー」の反響はとても強く、多くの国民がこの問題を考えてくれるようになりました。
 その後、関西よつ葉連絡会のスタッフ6名が、六ヶ所再処理工場から約40厠イ譴討い觸熟妥鳥圓如∧討鯡鞠戚栽培している苫米地ヤス子さんを訪ねて来た際に、私もトマトを持参し、話し合いに参加したのが縁で、皆様にトマトとトマトジュースを届けることができるようになりました。
 今年はこのコーナーで、国策に翻弄され続ける六ヶ所村と青森県の状況をお伝えすることになりました。よろしくお願い致します。


calendar
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< October 2017 >>
selected entries
categories
archives
recent comment
links
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM